2018年7月25日水曜日

ポスト米朝会談:朝鮮半島非核化達成への必要条件/ 池上雅子(東京工業大学大学院 環境・社会理工学院 教授、日本パグウォッシュ会議運営委員)

2018年6月12日シンガポールで開催された歴史的米朝会談は、非核化への具体策が示されないなど実質に乏しいとの批判もあるが、米朝が敵対関係を解消し、65年間休戦状態だった朝鮮戦争の終結に向けて踏み出したことの意義は大きい.1 大量破壊兵器を「米国の軍事的脅威に対する絶対抑止」と位置付ける北朝鮮に完全非核化を要求することは、休戦協定下とはいえ一方的武装解除を要求するに等しく、朝鮮戦争の正式な終結なくして北朝鮮の非核化は論理的に不可能だからだ. しかし、この当然のロジックを取り上げる専門家は昨年まで殆ど皆無だった. ちょうど1年前、米朝の軍事的緊張が極度に高まり米軍による北朝鮮攻撃が危惧された時期、筆者は本ブログや新聞の論考で「北朝鮮核危機解決には先ず朝鮮戦争の終結を」との論陣を張ったが、⽇本のメディアではほとんど無視され、元CIA分析官は旧態依然の北朝鮮脅威論で和平アプローチ封じ込めの反論をした. 2
2.「戦争終結が解決の出発点」
共同通信配信(2017年6月21日)
 しかし、筆者が同様の主張を英⽂論考 “Prevent nuclear catastrophe: Finally end the Korean War” (Bulletin of the Atomic Scientists, 2017/06/15)3 で展開したところ、韓国をはじめ、中国やシンガポールの専門家から多くの肯定的な反応を受けとった. 6⽉の歴史的米朝会談にむけて韓国とシンガポールがお膳立てに尽力したのも道理だ. ただ、上記論考では北朝鮮核問題解決の鍵は米中が戦略的対立を超え「朝鮮半島非核化」の共通目標に向けて協働することが不可欠と指摘したにも関わらず、北朝鮮は大国同士を競わせる伝統的「振り子外交」の悪弊で, 4朝鮮戦争終結に向けて協働すべき米中間に早くも軋轢を生じさせている.5クリントン政権の1994年枠組み合意やブッシュJr.政権の2008年米朝交渉がいずれも非核化に失敗したのは、米国が北朝鮮への影響力確保を狙って中国の頭越しに秘密外交を展開し、結果的に北朝鮮の経済的条件闘争に嵌まったからだ. 
 これまでの歴史で、核兵器を保有した国で完全非核化した唯一の例は南アフリカだ(ウクライナは、ソ連崩壊後に残置された旧ソ連戦略核兵器の撤去に条件付きで応じたにすぎない)。南アフリカはアパルトヘイト体制の平和的転換に伴って非核化したが、このアパルトヘイト体制終焉をもたらしたのは、国連主導による長年の経済制裁に英米も同調して制裁が徹底したのに加え、冷戦終結によりアンゴラへの共産主義諸国軍事介入が終結するなど南アフリカの安全保障環境が好転した為だった.6
 南アフリカの非核化成功例に鑑みて、今後朝鮮半島非核化達成に必要なのは、朝鮮半島の冷戦構造終結に向けた以下のようなアクションであろう.
  1. 休戦協定当事者の米中と北朝鮮が、前提条件なしに朝鮮戦争を正式に終結させる.
  2. 朝鮮戦争終結後の北東アジア地域安全保障と信頼醸成メカニズムを、6者協議メンバー(南北朝鮮、米国、中国、日本、ロシア)を中心に立ち上げる.
  3. 北朝鮮への一方的な非核化強要でなく、これを世界的な核軍縮に繋げる為、包括的核実験禁止条約(CTBT)を米国・中国が批准、北朝鮮が署名・批准するよう、日本、韓国、ロシアなどが 働きかける。 
  4. 北朝鮮の大量破壊兵器は、麻薬、通貨偽造、人身取引などの闇資金や兵器・軍事技術などのグ ローバルな闇取引を原資にしているとされ、対北朝鮮経済金融統制は強化・維持する.7
日本が抱える拉致被害者問題が現行の北朝鮮体制下で解決する見通しは厳しいことも考慮すると、朝鮮半島非核化に向けて当面日本が採れる政策としては、1)北朝鮮の核・ミサイル実験場の解体に応じて、朝鮮戦争終結時に在日米軍横田基地に駐留する朝鮮国連軍後方司令部8が撤退するのに先立ち、国連軍が使用する7カ所の在日⽶軍施設の縮小、2)パチンコ業界などから北朝鮮への違法な資金源の規制9 、3) 非核化検証・査察制度への参加と技術・人材支援、4)米国・中国・北朝鮮のCTBT同時批准の促進、などが考えられる.北朝鮮核問題の平和的解決の鍵を握っているのは、実は日本かも知れないのだ.

【投稿者プロフィール】
池上 雅子東京工業大学大学院 環境・社会理工学院 教授)
専門は国際安全保障、紛争予防・信頼醸成、軍 縮軍備管理、核不拡散・核セキュリティ、科学技術政策分析など. 社会学博士(東京大学)およ び Ph.D.(ウプサラ大学平和紛争研究所)取得後、ストックホルム大学アジア太平洋研究所(CPAS) 所長・教授を長年勤め、2013 年より現職. 安倍フェロー(2010)としてEast-West Center (Washington, D.C. Honolulu) と平和・安全保障研究所 (RIPS)で客員研究. スウェーデン時代は Rolf Ekéus 大使 の元で Swedish Pugwash 運営委員、現在は日本パグウォッシュ会議運営委員、日本軍縮学会理事.

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2.池上雅子「戦争終結が解決の出発点」識者評論 北朝鮮情勢、共同通信配信、2017年6月21日 

3.Masako Ikegami “Prevent nuclear catastrophe: Finally end the Korean War”, Bulletin of the Atomic Scientistst (15 June 2017) 

4.重村 智計『北朝鮮の外交戦略』講談社現代新書 2007 年 

5.“Kim-Xi meeting presents a new challenge for Trump on North Korea”, Washington Post, March 28, 2018.


korea/2018/03/28/55e7e8a6-31f9-11e8-b6bd>;“Trump suggests China might be interfering in U.S.-North Korea talks”<s-north-korea-talks-idUSKBN1JZ1TS0084a1666987_story.html?noredirect=on&utm_term=.354d4ca2dc58>

6.Thomas C. Reed & Danny B. Stillman, The Nuclear Express, Zenith Press, 2009, p. 182. 

7.Sheena Chestnut Greitens, Illicit: North Korea’s Evolving Operations to Earn Hard Currency, Washington DC: Committee for Human Rights in North Korea 2014; “North Korea falls into $1.7 billion trade deficit with China — but something mysterious is keeping it afloat”, http://www.businessinsider.com/north-korea-17-billion-chinatrade-deficit-suggests-mysterious-funding-2018-2 

8.https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/fa/page23_001541.html; http://www.yokota.af.mil/Portals/44/Documents/Units/AFD-150924-004.pdf 

9.Charles Wolf, Jr. ʻTokyo's Leverage Over Pyongyangʼ, The RAND Blog, 21 November 2006 


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2018年6月18日月曜日

悪魔は細部に宿る/太田昌克[共同通信社編集委員(論説委員兼務)、日本パグウォッシュ会議諮問会議委員]

 全世界が固唾を飲んで見守った「6・12」の米朝首脳会談。今回の対話プロセスを主導した韓国の文在寅大統領、そして北朝鮮の対米接近を懸念する中国の習近平国家主席も場合によっては、シンガポール入りすることを検討していたようだ。どうやら中韓の関心は、米朝の終結宣言の可否にあったようで、特に、金正恩・朝鮮労働党委員長に747機まで貸し出した中国は自分たちの頭越しで朝鮮半島の未来図が構想されることを強く恐れていたとみられる。
 歴史的なシンガポール会談の最大の立役者は、文大統領の「側近中の側近」として知られる徐薫国家情報院長だ。KCIAを率いる徐氏は早くから、北朝鮮側のカウンターパートである金英哲・労働党副委員長と水面下で接触。トランプ大統領が昨年秋から「戦争風」を吹かす中、戦争回避を最優先する文大統領の意を体し、南北首脳会談へのレールを引き、さらに当時は米中央情報局(CIA)トップだったポンペオ現国務長官を対話プロセスに引き込んで米朝首脳会談へと道をつけた。徐氏はいわば米朝の「仲人役」を務めたと言っていい。なおこの話は、南北・米朝交渉に通じる国務省関係者から聞いた。
 このまま北朝鮮が「完全な非核化」を実現すれば、文、徐両氏はノーベル平和賞に値するだろう。しかし、ポスト・シンガポールのこれからが正念場だ。「ディールの達人」を自負するトランプ米大統領はどうやら、前例のない頂上会談の開催と「成功」に目がくらんだようだ。米朝会談の合意文書である「シンガポール共同声明」には、肝心要の「検証」の言葉は明記されず、それを示唆する関連用語も見当たらない。
 核廃棄で絶対的に不可欠な検証を盛り込めなかったのは「時間がなかったから」(トランプ氏)だそうだが、首脳会談後に1時間以上も記者団に長広舌を振るったり、金氏と仲良く散策して愛車「ビースト」を見せびらかしたりする暇があったのなら、なぜ検証の文字を獲得すべく、懸命のディール外交を展開しなかったのか。
 「悪魔は細部に宿る」。6カ国協議の初代米国首席代表は15年前に北京で私たち記者団にこう語ったものだ。交渉上手の北朝鮮を相手に、こちらが求める「完全非核化」が簡単に実現すると思ったら大間違いだ。リアリズムを肝に銘じながら、アイデアリズムを追い求めたい。


【投稿者プロフィール】
太田 昌克(おおた まさかつ)
共同通信社編集委員(論説委員兼務)、長崎大学RECNA客員教授、日本パグウォッシュ会議諮問会議委員
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。政策研究大学院大学修了(博士)。1992年、共同通信社入社。外交・安保、核・原子力政策を中心に取材。ワシントン特派員時代の核問題報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。主著に『日米「核密約」の全貌』、『秘録-核スクープの裏側』、『日米〈核〉同盟』、『日本はなぜ核を手放せないのか』

2017年7月1日土曜日

日本パグウォッシュ会議シンポジウム「先端/防衛技術と大学―現代科学技術研究のあり方を考える―」開催のお知らせ

今年10月で創設60周年を迎える日本パグウォッシュ会議では記念行事の一環としてシンポジウム「先端/防衛技術と大学―現代科学技術研究のあり方を考える―」を開催します。
パグウォッシュ会議設立当初より「核兵器廃絶」と共に掲げるテーマに「科学者の社会的責任」があります。近年の急速に発展し続ける科学技術は先端科学技術の開発から実用化までの速度も急速に押し上げ続けています。大学の研究においても「軍事研究」の賛否をはじめとする様々な問題がある現状やA.Iの介入等で研究の在り方が変わろうとしている今だからこそ「科学者の社会的責任」を再考するきっかけになる事を目的に企画しました。皆様の参加を心よりお待ちしております。
日本パグウォッシュ会議
【シンポジウム開催のご案内】--------------------------------------------------------------------------------
「先端/防衛技術と大学―現代科学技術研究のあり方を考える―」
[日時]
 2017年7月14日(金)18:00~20:00
[会場]
 東工大レクチャーシアターTLT(大岡山キャンパス西5号館3階W531講義室)
[参加費]
 無料 ※下記のリンクより事前登録が必要になります。
[事前登録] https://goo.gl/cAcFzW
[プログラム]
 ■開会の辞 (18:00-18:15)
 ・鈴木 達治郎(日本パグウォッシュ会議代表/長崎大学RECNAセンター長教授)
 ・山崎 正勝(東京工業大学名誉教授/日本パグウォッシュ会議諮問委員)
 ■基調講演 (18:15-19:00)
 ・Ghoshroy Subrata(MIT Research Affiliate/東京工業大学特任教授)
 ■パネル・ディスカッション (19:00-20:00)
 スピーカー
 ・小沼 通二(慶應義塾大学名誉教授/日本パグウォッシュ会議前代表:素粒子理論)
 ・細谷 暁夫(東京工業大学名誉教授/理学院特任教授:素粒子論・量子計算)
 ・堀田 栄喜(東京工業大学名誉教授:プラズマ理工学)
 司会
 ・池上 雅子(東京工業大学環境・社会理工学院教授/日本パグウォッシュ会議運営委員)
※ シンポジウム終了後、意見交換会を開催(20:10-21:00, 西9号館)
[主催]日本パグウォッシュ会議
[共催]池上雅子研究室(環境・社会理工学院/イノベーション科学系)
[お問い合わせ]
 日本パグウォッシュ会議事務局:pugwash-japan-office@googlegroups.com

2017年5月22日月曜日

アゼルバイジャンでの再生可能エネルギーの議論 / 稲垣知宏(日本パグウォッシュ会議運営委員)

 宇宙物理、高エネルギー物理、ナノテクノロジーから新しいエネルギー源といった幅広いトピックについて扱う国際会議「Modern Trends in Physics」が、2017年4月20日から22日にかけてアゼルバイジャンのバクーで開催された。上記テーマについて、およそ140の発表があった。会議初日は、開会式で本会議へのメッセージを贈らせていただき、プレナリーセッションで素粒子宇宙物理学のトッピクスについて講演を行なった。2日目は、再生可能エネルギーについて議論するパラレルセッションに参加した。その他、バクー国立大学学長主催の昼食会、大学生との交流、科学アカデミー訪問、アゼルバイジャンテレビジョンの朝の番組に出演する等、充実した3日間であった。

  アベルバイジャンはカスピ海沿岸に位置する産油国で、恒常的に強い風が吹き、晴天にも恵まれた環境にある。サステナブルな社会構築のために再生可能エネルギーへの転換を検討するというのは、豊富な資源に恵まれたアベルバイジャンでも大きな関心を集めており、会議の大きなテーマの一つであった。2日目の会場に行くと、会議に参加している日本人2名がいずれも再生可能エネルギーのセッションに参加可能なスケジュールにプログラム変更されていた。
 セッションの最初に、天然ガスと石油による火力発電と水力発電を主としたアゼルバイジャンの電源構成と、風力、太陽光、バイオマス、地熱等の再生可能エネルギーのエネルギー資源量と導入ポテンシャル、及び発電コストについての基調講演があり、風力発電等の再生エネルギーについて地域の事情を加味した詳細な議論が行われた。変わったところでは、山間部では雷が多いということでその利用可能性、雷球とエネルギー源といった講演もあった。エネルギー源として原子力を含めて考えるかどうかという大きな違いはあるが、エネルギーの安定供給のために、電源構成として特定のエネルギー源に偏ることなく、それぞれの特徴を理解した上でエネルギー・ミックスを考えるという点は、同様であった。再生可能エネルギー利用については日本に見習う点が多いといった指摘もあった。原子力には大きくなリスクがあり、日本でも、現在、全ての原子力発電所は停止しているといった誤解をしている参加者もいたが、原子力発電所の稼働状況については訂正しておいた。

 本国際会議は、再生可能エネルギーに関する研究プロジェクト構築とそのグローバルな展開に向けての貴重な機会であった。また、エネルギー源として原子力が登場しない議論は、サステナブルな社会について考え直す良い機会でもあった。

【投稿者プロフィール】
稲垣 知宏(いながき ともひろ)
広島大学教授/専門は素粒子原子核物理学。科学者の社会的責任の問題に取り組み、物理学会で、「物理学者と原子力政策(2013年)」、「パグウォッシュ会議2015年長崎開催に向けて(2015年)」、「軍事研究開発・日本物理学会・物理学者(2017年)」等のシンポジウム企画に携わる。日本パグウォッシュ会議では運営委員を務める。

2017年5月8日月曜日

核不拡散条約(NPT)体制再検証を迫る北朝鮮核危機 / 池上 雅子(日本パグウォッシュ会議運営委員)

 北朝鮮核危機が、「開戦前夜」といわれた1994年朝鮮半島核危機を凌ぐ最悪の事態になっている。米空母打撃群が朝鮮半島近海で「北朝鮮が更に核実験を行えば直ちに攻撃する」態勢をとり、戦力が非対称的な米国と北朝鮮が互いに至近距離で軍事的威嚇をするチキン・ゲーム状態は誤算の危険も高い。中露も半島有事に備え北朝鮮国境付近の部隊を増強、万が一米朝が戦火を交えれば近隣諸国を巻き込む全面戦争にエスカレートする危険すらある。在日米軍基地を擁し、安保法制発動で自衛隊が米軍後方支援・防護に当たる日本は、第一標的として壊滅的被害を免れない。
 21世紀に入り米国が間断なく軍事介入したアフガニスタン、イラク、リビア、シリアなどが崩壊国家となり、アルカイーダやISといった凶暴な国際テロ組織の巣窟と化したが、NPTを口実に武力による北朝鮮体制転覆を強行すれば、北朝鮮が大量破壊兵器をもつ国際テロ組織の拠点と化し、北東アジアの平和と繁栄は永遠に喪われかねない。日本は、自国と地域の平和と安全の為、米国の強硬策に追随するのでなく、真摯な緊張緩和・紛争予防外交を展開すべきだ。
 
 米国はNPT体制を根拠に、核開発を強行した北朝鮮に対し先制攻撃を辞さない極めて攻撃的なcounter-proliferation指針を明確にしたが、それが地域全面戦争を惹起し壊滅的被害をもたらすなら、NPT絶対主義は本末転倒だ。諸国が核兵器の人類的脅威を認識し、核兵器の究極的廃絶に向けて協働する共通の土俵に立脚するなら、NPTは文字通り危険な核兵器拡散を防ぐ体制として有効だ。しかし、一部の核保有国がその特権を濫用し、自国の安全は核抑止戦略で確保しながら、意にそぐわない他国にcounter-proliferationで武力攻撃を仕掛け、最悪の場合核戦争すら惹起するならば、NPT体制は危険極まりない戦争誘発要因として、その正当性を著しく低減させることになる。これは、一部の核保有国のみに核の恫喝を認めるNPT不平等条約の本質的矛盾に起因するもので、現実にcounter-proliferationによる武力攻撃で戦争が勃発した場合、非核保有国はNPT体制の根本的見直しを強く要求すべきであろう。こうした現実の軍事的脅威に対抗して核保有国による軍事力の濫用を牽制する方が、核兵器禁止条約という専ら倫理規範的アプローチよりも、究極の核兵器廃絶に有効かもしれない。
 現在の北朝鮮核危機は、米韓合同軍が北朝鮮体制転覆を目標に極めて攻撃的な大規模軍事演習を行い(「斬首作戦」先制攻撃)、北朝鮮がその恫喝に対抗して核実験やミサイル試射のピッチを上げた一連の政治的軍事的恫喝の応酬の帰結だ。この危険な軍事エスカレーションを根元から断つ最も有効な方法は、1953年以来休戦状態のままの朝鮮戦争を正式に終結させることであろう。北朝鮮が核実験・ミサイル試射を止め、米韓合同軍が大規模演習を取りやめれば、戦争終結の十分条件は整う。北朝鮮の非核化や拉致問題の解決が戦争状態で進展する筈もなく、解決に向けた本格的プロセスは朝鮮戦争を終結させてはじめて始動するのが道理であろう。

【投稿者プロフィール】
  

池上 雅子(いけがみ まさこ)
東京工業大学環境・社会理工学院教授。専門は国際安全保障、紛争予防・信頼醸成、軍縮軍備管理、核不拡散・核セキュリティ、科学技術政策分析など。社会学博士(東京大学)およびPh.D.(ウプサラ大学平和紛争研究所)取得後、ストックホルム大学アジア太平洋研究所所長・教授を長年勤め、2013年より現職。安倍フェロー(2010)としてEast-West Center (Washington, D.C., Honolulu) と平和・安全保障研究所 (RIPS)で客員研究。スウェーデン時代はRolf Ekéus大使の元でSwedish Pugwash運営委員、現在は日本パグウォッシュ会議運営委員。

2017年2月3日金曜日

日本パグウォッシュ会議ヒストリープロジェクト / 黒崎 輝(日本パグウォッシュ会議運営委員)

 2017年に日本パグウォッシュ会議は創設60年の節目を迎える。その記念事業として日本パグウォッシュ会議は、2016年7月に「日本パグウォッシュ会議ヒストリープロジェクト」を始動させた。以下では、現在日本パグウォッシュ会議が活動の柱の一つとして取り組んでいる同プロジェクトについて、その企画や後述する映像記録の作成に関わってきた立場から紹介したい。
 ヒストリープロジェクトは、日本パグウォッシュ会議の歩みを振り返り、インターネットを活用して成果を広く社会に公開することをめざしている。その主な目的は二つある。ひとつは、日本パグウォッシュ会議をより多くの人びとに広く認知してもらうこと、もう一つは、日本パグウォッシュ会議の歴史を記録し、後世に伝えることである。
 そのために日本パグウォッシュ会議のウェブサイトにプロジェクトのページを新設し、そこで同会議の歴史を独自に作成した映像記録を交えて紹介する活動を始めた。2017年1月現在、3編の映像記録が公開中であり、創設60年に向けて全編を公開する予定である。総集編の制作や上映会の開催も計画している。世界33カ国にパグウォッシュ会議のナショナルグループが存在しているが、このような形で活動のアーカイブ化を進めているナショナルグループは、日本パグウォッシュ会議のほかにはないだろう。
 ヒストリープロジェクトは、小沼通二氏に多くを負っている。小沼氏はパグウォッシュ会議の日本グループ発足当初から、その活動に関わってこられた物理学者であり、日本パグウォッシュ会議の歴史の生き証人である。1965年にパグウォッシュ会議の世界大会に初参加され、その後パグウォッシュ会議評議員を務めた小沼氏は、今風にいえばパグウォッシュ会議の“レジェンド”のような存在でもある。これまで公開された映像記録の中で小沼氏は、あまり知られていない興味深いエピソードについて語っている。
小沼通二氏へのインタビュー
 このプロジェクトはまた、これまで日本グループの活動に関わってきた科学者たちが残した史料や論考がなければ実現しなかったであろう。日本グループの科学者たちは活動の詳細な記録を文書として残しており、それらは湯川記念史料室(京都大学)や坂田記念史料室(名古屋大学)に所蔵された湯川秀樹や坂田昌一の個人文書に収められている。また、湯川らはパグウォッシュ精神を普及させるため、数多くの出版物の中でパグウォッシュ会議や日本グループの活動を紹介している。こうした史料や文献がなければ、小沼氏へのインタビューの準備や、その解説の作成は困難を極めたに違いない。

 このプロジェクトが、より多くの科学者や市民がパグウォッシュ会議や日本パグウォッシュ会議の活動に関心を持つきっかけや、理解を深める一助になり、将来の世代へのパグウォッシュ精神の継承に貢献することを願っている。


次回の投稿者は日本パグウォッシュ会議運営委員の池上雅子(東京工業大学教授)さんです。

【投稿者プロフィール】

黒崎 輝(くろさき あきら)
福島大学准教授/専門は国際政治学、国際関係史。『核兵器と日米関係』(有志舎、2006)でサントリー学芸賞受賞。これまでにパグウォッシュ会議、日本パグウォッシュ会議に関する研究論文を発表している。
日本パグウォッシュ会議では運営委員、ヒストリープロジェクト構成、解説を務める。

2016年12月27日火曜日

パグウォッシュと現代史、パグウォッシュと日本市民 / 栗田禎子(日本パグウォッシュ会議副代表)

 物理学者でもないのにパグウォッシュの運動に関わっていると言うと、周囲から「何で?」という顔をされることが多い(ちなみに専門は歴史学・中東研究)のだが、そのたびに、「一度、ラッセル=アインシュタイン宣言を読んでみてください」と言うことにしている。読んでもらえさえすれば、これは一部の自然科学者だけでなく、現代世界に生きる人間すべて(!)にとって意味がある運動だということ、特に日本に生きるわたしたちにとっては切実な運動だということが感じとれるからである。
 「ラッセル=アインシュタイン宣言」(1955年)は言うまでもなく物理学者アインシュタインと哲学者ラッセルとが連名で起草した、パグウォッシュ会議発足(1957年)のきっかけとなった声明である。発表から60年以上が経つが、いま読んでも迫力のある文章で、現代の世界にとっていかに核兵器の廃絶が差し迫った課題であるかが感じられる。冷戦の対立図式に基づき核開発競争が激化する中、このまま行けば結果は「普遍的な死(=人類全滅)だ」と心ある人々が気づいた瞬間の危機意識が伝わってくるのである。重要なのは、核兵器だけでなく、戦争それ自体を放棄しなければダメだ(=「人間やめますか、戦争やめますか?」というフレーズが出てくる!)という認識もはっきり示されていることである。戦争がある限り、結局は誰もが最強の武器(=核兵器)を持とうとするだろう、とも書かれている。だから「宣言」末尾の「決議」では、核戦争への危機感が表明されると共に、「すべての紛争を平和的手段で解決すること」が呼びかけられるのである。なお、1955年のこの宣言が(前年の)米の水爆実験、第五福竜丸の悲劇を受けて起草されたという事実自体から明らかなように、宣言では核爆弾によって「都市が破壊される」ことと並んで、(ある意味ではそれ以上に深刻で長期的な危険として)放射性降下物による被爆の問題に強い関心が寄せられている点も印象に残る。
 このようにパグウォッシュの運動には、戦争の放棄、(「最強の武器」を持とうとする)「抑止力」論批判など、現代のわたしたちにとっても切実な主張が、当初から盛り込まれている。世界の現代史のなかで、きわめて重要な役割を果たしてきた運動と言えるのである。
 同時に、日本の市民にとっては、「ラッセル=アインシュタイン宣言」で言われていることは、実はほとんど血肉化している、心の底から共感できるものなのではないだろうか。広島・長崎を経験し、戦前の日本の植民地支配や軍国主義が引き起こした戦争の惨禍を舐めつくした日本国民は、過去70年間、戦争や軍隊を放棄し、核兵器の非人間性を世界に伝えるために力を尽くしてきた。その意味で、パグウォッシュと日本との距離は実は非常に近いと言える。被爆国であり、平和憲法を持つ日本という国の市民と科学者には、パグウォッシュの中で果たすべき重要な役割がある。「日本パグウォッシュ会議」の活動をさらに発展させていきたい。

次回の投稿者は日本パグウォッシュ会議運営委員の黒崎 輝さん(福島大学准教授)です。

【投稿者プロフィール】

栗田禎子(くりた よしこ)
専門は歴史学/中東研究。千葉大学文学部教授。著書に『戦後世界史』(共著)、『中東と日本の針路』(共著)、『中東革命のゆくえ――現代史のなかの中東・世界・日本』など。元・日本中東学会会長。パグウォッシュ会議評議員。日本パグウォッシュ会議副代表。