2016年12月27日火曜日

パグウォッシュと現代史、パグウォッシュと日本市民 / 栗田禎子(日本パグウォッシュ会議副代表)

 物理学者でもないのにパグウォッシュの運動に関わっていると言うと、周囲から「何で?」という顔をされることが多い(ちなみに専門は歴史学・中東研究)のだが、そのたびに、「一度、ラッセル=アインシュタイン宣言を読んでみてください」と言うことにしている。読んでもらえさえすれば、これは一部の自然科学者だけでなく、現代世界に生きる人間すべて(!)にとって意味がある運動だということ、特に日本に生きるわたしたちにとっては切実な運動だということが感じとれるからである。
 「ラッセル=アインシュタイン宣言」(1955年)は言うまでもなく物理学者アインシュタインと哲学者ラッセルとが連名で起草した、パグウォッシュ会議発足(1957年)のきっかけとなった声明である。発表から60年以上が経つが、いま読んでも迫力のある文章で、現代の世界にとっていかに核兵器の廃絶が差し迫った課題であるかが感じられる。冷戦の対立図式に基づき核開発競争が激化する中、このまま行けば結果は「普遍的な死(=人類全滅)だ」と心ある人々が気づいた瞬間の危機意識が伝わってくるのである。重要なのは、核兵器だけでなく、戦争それ自体を放棄しなければダメだ(=「人間やめますか、戦争やめますか?」というフレーズが出てくる!)という認識もはっきり示されていることである。戦争がある限り、結局は誰もが最強の武器(=核兵器)を持とうとするだろう、とも書かれている。だから「宣言」末尾の「決議」では、核戦争への危機感が表明されると共に、「すべての紛争を平和的手段で解決すること」が呼びかけられるのである。なお、1955年のこの宣言が(前年の)米の水爆実験、第五福竜丸の悲劇を受けて起草されたという事実自体から明らかなように、宣言では核爆弾によって「都市が破壊される」ことと並んで、(ある意味ではそれ以上に深刻で長期的な危険として)放射性降下物による被爆の問題に強い関心が寄せられている点も印象に残る。
 このようにパグウォッシュの運動には、戦争の放棄、(「最強の武器」を持とうとする)「抑止力」論批判など、現代のわたしたちにとっても切実な主張が、当初から盛り込まれている。世界の現代史のなかで、きわめて重要な役割を果たしてきた運動と言えるのである。
 同時に、日本の市民にとっては、「ラッセル=アインシュタイン宣言」で言われていることは、実はほとんど血肉化している、心の底から共感できるものなのではないだろうか。広島・長崎を経験し、戦前の日本の植民地支配や軍国主義が引き起こした戦争の惨禍を舐めつくした日本国民は、過去70年間、戦争や軍隊を放棄し、核兵器の非人間性を世界に伝えるために力を尽くしてきた。その意味で、パグウォッシュと日本との距離は実は非常に近いと言える。被爆国であり、平和憲法を持つ日本という国の市民と科学者には、パグウォッシュの中で果たすべき重要な役割がある。「日本パグウォッシュ会議」の活動をさらに発展させていきたい。

次回の投稿者は日本パグウォッシュ会議運営委員の黒崎 輝さん(福島大学准教授)です。

【投稿者プロフィール】

栗田禎子(くりた よしこ)
専門は歴史学/中東研究。千葉大学文学部教授。著書に『戦後世界史』(共著)、『中東と日本の針路』(共著)、『中東革命のゆくえ――現代史のなかの中東・世界・日本』など。元・日本中東学会会長。パグウォッシュ会議評議員。日本パグウォッシュ会議副代表。

投稿者変更のお知らせ

前回の投稿内において次回の投稿者として高原孝生(日本パグウォッシュ会議副代表)を予告しておりましたが都合により変更になりました。

日本パグウォッシュ会議事務局

2016年10月24日月曜日

「欧州における核兵器と安全保障」ワークショップに参加して / 鈴木達治郎(日本パグウォッシュ会議代表)

会場近くの公園Whitehall Garden
国際パグウォッシュ会議英国国際問題外交研究センター(Center for International Studies and Diplomacy)共催の非公開ワークショップ「欧州における核兵器と安全保障の課題」が9月26日~27日、英国ロンドンで開催された。欧米の専門家約40名が参加。北東アジアからは筆者1人であった。パグウォッシュ会議の特徴は、「対立を超えた対話」のキャッチフレーズにあるように、核問題についても多様な意見の参加者がいるため、活発な意見交換が行われ、いわゆる「チャタムハウス・ルール」が徹底している点である。

北東アジアの核問題にどのように参考になるか、また世界の核軍縮・不拡散にどのような影響を与えるか、の視点から次の4点に注目した。

会場側の英国軍兵士を称える銅像
第1に、「核兵器は軍事的に利用価値がない(militarily useless)」という合意が、欧州の専門家(安全保障、軍事両方)にできている、という点である。その背景には、米国の通常兵器能力があまりにも強大という点も見逃せない。いずれにせよ「核兵器は軍事的には使えない兵器」であるが、「政治的には意味を持つ」という発言が多く、もはやこの認識は広く共有されているといってよい。具体的に言えば、いわゆる「発射準備態勢(readiness)」という考え方があるが、欧州に置かれている戦術核兵器は、冷戦時代の「数分」からいまや「~月」の単位になっているという。
第2に、NATOの非核兵器国(ベルギー、オランダ、ドイツ、イタリア、トルコ)に配置されている核兵器、および「核兵器のシェアリング」はNPT違反ではないか、という議論である。NPT発足時に旧ソ連・米で合意したときと現状は異なっており、今後同様な配置が別の地域で行われれば、必ず問題になるという指摘は、北東アジアにとって重要だ。
第3は、地域の核軍縮は、地域の諸国がイニシャティブをとって、核兵器国に要請しない限り、なかなか実現しないという点である。NATOにおける核兵器撤去をオバマ政権が真剣に検討した可能性が高いが、結局NATO諸国側からの反対が多く実現していない。これは、「先制不使用」の時にも見られた。北東アジアもまったく同様で、日韓から声を上げていく必要がある。
第4に、北東アジアには、核軍縮はもちろん、通常兵器にかかわる信頼醸成対話の場もない。北朝鮮問題は深刻だが、北東アジアの通常軍備の拡大もまた深刻である。欧州には少なくとも、協議の場がトラック1,1.5、2と多様に存在する。北東アジアでも早急にそのような信頼醸成の場が必要である。

次回の投稿者は日本パグウォッシュ会議で副代表を務める高原孝生氏です。


【投稿者プロフィール】
鈴木 達治郎(日本パグウォッシュ会議代表)

1951 年生まれ。75年東京大学工学部原子力工学科卒。78年マサチューセッツ工科大学プログラム修士修了。工学博士(東京大学)。2010年1月より2014 年3月まで内閣府原子力委員会委員長代理を務めた。現在は長崎大学RECNAセンター長、パグウォッシュ会議評議員、日本パグウォッシュ会議代表を務める。