2018年6月12日シンガポールで開催された歴史的米朝会談は、非核化への具体策が示されないなど実質に乏しいとの批判もあるが、米朝が敵対関係を解消し、65年間休戦状態だった朝鮮戦争の終結に向けて踏み出したことの意義は大きい.1 大量破壊兵器を「米国の軍事的脅威に対する絶対抑止」と位置付ける北朝鮮に完全非核化を要求することは、休戦協定下とはいえ一方的武装解除を要求するに等しく、朝鮮戦争の正式な終結なくして北朝鮮の非核化は論理的に不可能だからだ. しかし、この当然のロジックを取り上げる専門家は昨年まで殆ど皆無だった. ちょうど1年前、米朝の軍事的緊張が極度に高まり米軍による北朝鮮攻撃が危惧された時期、筆者は本ブログや新聞の論考で「北朝鮮核危機解決には先ず朝鮮戦争の終結を」との論陣を張ったが、⽇本のメディアではほとんど無視され、元CIA分析官は旧態依然の北朝鮮脅威論で和平アプローチ封じ込めの反論をした.
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2.「戦争終結が解決の出発点」 共同通信配信(2017年6月21日) |
しかし、筆者が同様の主張を英⽂論考 “Prevent nuclear catastrophe: Finally end the Korean War”
(Bulletin of the Atomic Scientists, 2017/06/15)3 で展開したところ、韓国をはじめ、中国やシンガポールの専門家から多くの肯定的な反応を受けとった. 6⽉の歴史的米朝会談にむけて韓国とシンガポールがお膳立てに尽力したのも道理だ. ただ、上記論考では北朝鮮核問題解決の鍵は米中が戦略的対立を超え「朝鮮半島非核化」の共通目標に向けて協働することが不可欠と指摘したにも関わらず、北朝鮮は大国同士を競わせる伝統的「振り子外交」の悪弊で,
4朝鮮戦争終結に向けて協働すべき米中間に早くも軋轢を生じさせている.5クリントン政権の1994年枠組み合意やブッシュJr.政権の2008年米朝交渉がいずれも非核化に失敗したのは、米国が北朝鮮への影響力確保を狙って中国の頭越しに秘密外交を展開し、結果的に北朝鮮の経済的条件闘争に嵌まったからだ.
これまでの歴史で、核兵器を保有した国で完全非核化した唯一の例は南アフリカだ(ウクライナは、ソ連崩壊後に残置された旧ソ連戦略核兵器の撤去に条件付きで応じたにすぎない)。南アフリカはアパルトヘイト体制の平和的転換に伴って非核化したが、このアパルトヘイト体制終焉をもたらしたのは、国連主導による長年の経済制裁に英米も同調して制裁が徹底したのに加え、冷戦終結によりアンゴラへの共産主義諸国軍事介入が終結するなど南アフリカの安全保障環境が好転した為だった.6
南アフリカの非核化成功例に鑑みて、今後朝鮮半島非核化達成に必要なのは、朝鮮半島の冷戦構造終結に向けた以下のようなアクションであろう.
- 休戦協定当事者の米中と北朝鮮が、前提条件なしに朝鮮戦争を正式に終結させる.
- 朝鮮戦争終結後の北東アジア地域安全保障と信頼醸成メカニズムを、6者協議メンバー(南北朝鮮、米国、中国、日本、ロシア)を中心に立ち上げる.
- 北朝鮮への一方的な非核化強要でなく、これを世界的な核軍縮に繋げる為、包括的核実験禁止条約(CTBT)を米国・中国が批准、北朝鮮が署名・批准するよう、日本、韓国、ロシアなどが 働きかける。
- 北朝鮮の大量破壊兵器は、麻薬、通貨偽造、人身取引などの闇資金や兵器・軍事技術などのグ ローバルな闇取引を原資にしているとされ、対北朝鮮経済金融統制は強化・維持する.7
日本が抱える拉致被害者問題が現行の北朝鮮体制下で解決する見通しは厳しいことも考慮すると、朝鮮半島非核化に向けて当面日本が採れる政策としては、1)北朝鮮の核・ミサイル実験場の解体に応じて、朝鮮戦争終結時に在日米軍横田基地に駐留する朝鮮国連軍後方司令部8が撤退するのに先立ち、国連軍が使用する7カ所の在日⽶軍施設の縮小、2)パチンコ業界などから北朝鮮への違法な資金源の規制9
、3) 非核化検証・査察制度への参加と技術・人材支援、4)米国・中国・北朝鮮のCTBT同時批准の促進、などが考えられる.北朝鮮核問題の平和的解決の鍵を握っているのは、実は日本かも知れないのだ.
専門は国際安全保障、紛争予防・信頼醸成、軍 縮軍備管理、核不拡散・核セキュリティ、科学技術政策分析など. 社会学博士(東京大学)およ び Ph.D.(ウプサラ大学平和紛争研究所)取得後、ストックホルム大学アジア太平洋研究所(CPAS) 所長・教授を長年勤め、2013 年より現職. 安倍フェロー(2010)としてEast-West Center (Washington, D.C. Honolulu) と平和・安全保障研究所 (RIPS)で客員研究. スウェーデン時代は Rolf Ekéus 大使 の元で Swedish Pugwash 運営委員、現在は日本パグウォッシュ会議運営委員、日本軍縮学会理事.
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2.池上雅子「戦争終結が解決の出発点」識者評論 北朝鮮情勢、共同通信配信、2017年6月21日
3.Masako Ikegami “Prevent nuclear catastrophe: Finally end the Korean War”, Bulletin of the Atomic Scientistst
(15 June 2017)
7.Sheena Chestnut Greitens, Illicit: North Korea’s Evolving Operations to Earn Hard Currency, Washington DC:
Committee for Human Rights in North Korea 2014; “North Korea falls into $1.7 billion trade deficit with China
— but something mysterious is keeping it afloat”, http://www.businessinsider.com/north-korea-17-billion-chinatrade-deficit-suggests-mysterious-funding-2018-2
8.https://www.mofa.go.jp/mofaj/na/fa/page23_001541.html;
http://www.yokota.af.mil/Portals/44/Documents/Units/AFD-150924-004.pdf
9.Charles Wolf, Jr. ʻTokyo's Leverage Over Pyongyangʼ, The RAND Blog, 21 November 2006
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