2017年5月22日月曜日

アゼルバイジャンでの再生可能エネルギーの議論 / 稲垣知宏(日本パグウォッシュ会議運営委員)

 宇宙物理、高エネルギー物理、ナノテクノロジーから新しいエネルギー源といった幅広いトピックについて扱う国際会議「Modern Trends in Physics」が、2017年4月20日から22日にかけてアゼルバイジャンのバクーで開催された。上記テーマについて、およそ140の発表があった。会議初日は、開会式で本会議へのメッセージを贈らせていただき、プレナリーセッションで素粒子宇宙物理学のトッピクスについて講演を行なった。2日目は、再生可能エネルギーについて議論するパラレルセッションに参加した。その他、バクー国立大学学長主催の昼食会、大学生との交流、科学アカデミー訪問、アゼルバイジャンテレビジョンの朝の番組に出演する等、充実した3日間であった。

  アベルバイジャンはカスピ海沿岸に位置する産油国で、恒常的に強い風が吹き、晴天にも恵まれた環境にある。サステナブルな社会構築のために再生可能エネルギーへの転換を検討するというのは、豊富な資源に恵まれたアベルバイジャンでも大きな関心を集めており、会議の大きなテーマの一つであった。2日目の会場に行くと、会議に参加している日本人2名がいずれも再生可能エネルギーのセッションに参加可能なスケジュールにプログラム変更されていた。
 セッションの最初に、天然ガスと石油による火力発電と水力発電を主としたアゼルバイジャンの電源構成と、風力、太陽光、バイオマス、地熱等の再生可能エネルギーのエネルギー資源量と導入ポテンシャル、及び発電コストについての基調講演があり、風力発電等の再生エネルギーについて地域の事情を加味した詳細な議論が行われた。変わったところでは、山間部では雷が多いということでその利用可能性、雷球とエネルギー源といった講演もあった。エネルギー源として原子力を含めて考えるかどうかという大きな違いはあるが、エネルギーの安定供給のために、電源構成として特定のエネルギー源に偏ることなく、それぞれの特徴を理解した上でエネルギー・ミックスを考えるという点は、同様であった。再生可能エネルギー利用については日本に見習う点が多いといった指摘もあった。原子力には大きくなリスクがあり、日本でも、現在、全ての原子力発電所は停止しているといった誤解をしている参加者もいたが、原子力発電所の稼働状況については訂正しておいた。

 本国際会議は、再生可能エネルギーに関する研究プロジェクト構築とそのグローバルな展開に向けての貴重な機会であった。また、エネルギー源として原子力が登場しない議論は、サステナブルな社会について考え直す良い機会でもあった。

【投稿者プロフィール】
稲垣 知宏(いながき ともひろ)
広島大学教授/専門は素粒子原子核物理学。科学者の社会的責任の問題に取り組み、物理学会で、「物理学者と原子力政策(2013年)」、「パグウォッシュ会議2015年長崎開催に向けて(2015年)」、「軍事研究開発・日本物理学会・物理学者(2017年)」等のシンポジウム企画に携わる。日本パグウォッシュ会議では運営委員を務める。

2017年5月8日月曜日

核不拡散条約(NPT)体制再検証を迫る北朝鮮核危機 / 池上 雅子(日本パグウォッシュ会議運営委員)

 北朝鮮核危機が、「開戦前夜」といわれた1994年朝鮮半島核危機を凌ぐ最悪の事態になっている。米空母打撃群が朝鮮半島近海で「北朝鮮が更に核実験を行えば直ちに攻撃する」態勢をとり、戦力が非対称的な米国と北朝鮮が互いに至近距離で軍事的威嚇をするチキン・ゲーム状態は誤算の危険も高い。中露も半島有事に備え北朝鮮国境付近の部隊を増強、万が一米朝が戦火を交えれば近隣諸国を巻き込む全面戦争にエスカレートする危険すらある。在日米軍基地を擁し、安保法制発動で自衛隊が米軍後方支援・防護に当たる日本は、第一標的として壊滅的被害を免れない。
 21世紀に入り米国が間断なく軍事介入したアフガニスタン、イラク、リビア、シリアなどが崩壊国家となり、アルカイーダやISといった凶暴な国際テロ組織の巣窟と化したが、NPTを口実に武力による北朝鮮体制転覆を強行すれば、北朝鮮が大量破壊兵器をもつ国際テロ組織の拠点と化し、北東アジアの平和と繁栄は永遠に喪われかねない。日本は、自国と地域の平和と安全の為、米国の強硬策に追随するのでなく、真摯な緊張緩和・紛争予防外交を展開すべきだ。
 
 米国はNPT体制を根拠に、核開発を強行した北朝鮮に対し先制攻撃を辞さない極めて攻撃的なcounter-proliferation指針を明確にしたが、それが地域全面戦争を惹起し壊滅的被害をもたらすなら、NPT絶対主義は本末転倒だ。諸国が核兵器の人類的脅威を認識し、核兵器の究極的廃絶に向けて協働する共通の土俵に立脚するなら、NPTは文字通り危険な核兵器拡散を防ぐ体制として有効だ。しかし、一部の核保有国がその特権を濫用し、自国の安全は核抑止戦略で確保しながら、意にそぐわない他国にcounter-proliferationで武力攻撃を仕掛け、最悪の場合核戦争すら惹起するならば、NPT体制は危険極まりない戦争誘発要因として、その正当性を著しく低減させることになる。これは、一部の核保有国のみに核の恫喝を認めるNPT不平等条約の本質的矛盾に起因するもので、現実にcounter-proliferationによる武力攻撃で戦争が勃発した場合、非核保有国はNPT体制の根本的見直しを強く要求すべきであろう。こうした現実の軍事的脅威に対抗して核保有国による軍事力の濫用を牽制する方が、核兵器禁止条約という専ら倫理規範的アプローチよりも、究極の核兵器廃絶に有効かもしれない。
 現在の北朝鮮核危機は、米韓合同軍が北朝鮮体制転覆を目標に極めて攻撃的な大規模軍事演習を行い(「斬首作戦」先制攻撃)、北朝鮮がその恫喝に対抗して核実験やミサイル試射のピッチを上げた一連の政治的軍事的恫喝の応酬の帰結だ。この危険な軍事エスカレーションを根元から断つ最も有効な方法は、1953年以来休戦状態のままの朝鮮戦争を正式に終結させることであろう。北朝鮮が核実験・ミサイル試射を止め、米韓合同軍が大規模演習を取りやめれば、戦争終結の十分条件は整う。北朝鮮の非核化や拉致問題の解決が戦争状態で進展する筈もなく、解決に向けた本格的プロセスは朝鮮戦争を終結させてはじめて始動するのが道理であろう。

【投稿者プロフィール】
  

池上 雅子(いけがみ まさこ)
東京工業大学環境・社会理工学院教授。専門は国際安全保障、紛争予防・信頼醸成、軍縮軍備管理、核不拡散・核セキュリティ、科学技術政策分析など。社会学博士(東京大学)およびPh.D.(ウプサラ大学平和紛争研究所)取得後、ストックホルム大学アジア太平洋研究所所長・教授を長年勤め、2013年より現職。安倍フェロー(2010)としてEast-West Center (Washington, D.C., Honolulu) と平和・安全保障研究所 (RIPS)で客員研究。スウェーデン時代はRolf Ekéus大使の元でSwedish Pugwash運営委員、現在は日本パグウォッシュ会議運営委員。