2018年6月18日月曜日

悪魔は細部に宿る/太田昌克[共同通信社編集委員(論説委員兼務)、日本パグウォッシュ会議諮問会議委員]

 全世界が固唾を飲んで見守った「6・12」の米朝首脳会談。今回の対話プロセスを主導した韓国の文在寅大統領、そして北朝鮮の対米接近を懸念する中国の習近平国家主席も場合によっては、シンガポール入りすることを検討していたようだ。どうやら中韓の関心は、米朝の終結宣言の可否にあったようで、特に、金正恩・朝鮮労働党委員長に747機まで貸し出した中国は自分たちの頭越しで朝鮮半島の未来図が構想されることを強く恐れていたとみられる。
 歴史的なシンガポール会談の最大の立役者は、文大統領の「側近中の側近」として知られる徐薫国家情報院長だ。KCIAを率いる徐氏は早くから、北朝鮮側のカウンターパートである金英哲・労働党副委員長と水面下で接触。トランプ大統領が昨年秋から「戦争風」を吹かす中、戦争回避を最優先する文大統領の意を体し、南北首脳会談へのレールを引き、さらに当時は米中央情報局(CIA)トップだったポンペオ現国務長官を対話プロセスに引き込んで米朝首脳会談へと道をつけた。徐氏はいわば米朝の「仲人役」を務めたと言っていい。なおこの話は、南北・米朝交渉に通じる国務省関係者から聞いた。
 このまま北朝鮮が「完全な非核化」を実現すれば、文、徐両氏はノーベル平和賞に値するだろう。しかし、ポスト・シンガポールのこれからが正念場だ。「ディールの達人」を自負するトランプ米大統領はどうやら、前例のない頂上会談の開催と「成功」に目がくらんだようだ。米朝会談の合意文書である「シンガポール共同声明」には、肝心要の「検証」の言葉は明記されず、それを示唆する関連用語も見当たらない。
 核廃棄で絶対的に不可欠な検証を盛り込めなかったのは「時間がなかったから」(トランプ氏)だそうだが、首脳会談後に1時間以上も記者団に長広舌を振るったり、金氏と仲良く散策して愛車「ビースト」を見せびらかしたりする暇があったのなら、なぜ検証の文字を獲得すべく、懸命のディール外交を展開しなかったのか。
 「悪魔は細部に宿る」。6カ国協議の初代米国首席代表は15年前に北京で私たち記者団にこう語ったものだ。交渉上手の北朝鮮を相手に、こちらが求める「完全非核化」が簡単に実現すると思ったら大間違いだ。リアリズムを肝に銘じながら、アイデアリズムを追い求めたい。


【投稿者プロフィール】
太田 昌克(おおた まさかつ)
共同通信社編集委員(論説委員兼務)、長崎大学RECNA客員教授、日本パグウォッシュ会議諮問会議委員
1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。政策研究大学院大学修了(博士)。1992年、共同通信社入社。外交・安保、核・原子力政策を中心に取材。ワシントン特派員時代の核問題報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。主著に『日米「核密約」の全貌』、『秘録-核スクープの裏側』、『日米〈核〉同盟』、『日本はなぜ核を手放せないのか』